売る事、買う事。

 30年以上も前

私の実家は小さな商店をしていた。


 売っている物と言えばパン会社より

仕入れたパンとお菓子、

ちょっとした日用品程度ではあったが

郊外の住宅地で近辺にスーパーも少なく

当時はコンビニもほとんどなかったから

それなりにお客さんは来た。


 店を始めた頃は私はまだ1歳。

7歳の姉と私の育児をしながら

主に1人で母が切り盛りしており

朝から晩まで、定休日もなく

仕入れから棚入れ

販売など諸々をしていた。


店にはいろいろなお客さんが

買い物にやってくる。


近所には府営団地があり

そこからやってくるお客さんが特に多かった。


お母さんが学校の先生だという姉弟は

朝お母さんが家を出るのが早い為

お駄賃を貰った小学生のお姉ちゃんが

オムツを穿いた保育園の弟を連れて

パンを買いに来るのを

周りの大人が冷や冷やしながら見ていた。


姉や私の学校の仲間も

やってくる。なので母は大体の学校の仲間は

知っていたし、学校で起こった事は

ほぼ筒抜けであった。


郊外の住宅地の小さな商店なのだが

時折外国人もやって来た。

英語しか出来ないお客さんに

母が即興で『さくらさくら』を英語で歌ってみたりした。


うちの商品を買ってくれる人は全て

お客さんである。


店の前が暴力団組事務所であった時期があり

組の人達が店に来る事もあった。

大切な会議があるとかなんだとか言う時は

沢山パンを買って行った。


ある日

組の若い子がやってきた。

小指の先が少しなくなっていたのを

みた母が

「プレスですか?」

(プレス加工の機械で指を切断する労災に

あったのかと聞きたかったらしい)

と聞いた後、若い子は突然塞ぎこみ

帰っていったのだが

後で別の人がやってきて

「あの子凄い落ち込んでた」と言われていた。


 商売をする上の宿命ではあるんだが

快く買ってくれる人ばかりではない。


後で商品を持ち込みもせず

「カビが生えていた!」だの

言ってくるような人もいたし

買うではなく『奪う』様な人も居て

その人がくると物の見事に商品がなくなり

被害が続くと売上げが赤字になりかけたり

するのである。


 店の裏でため息をつく母を幾度も見たものだ。


  父はと言うと、会社勤めで

時々店番で出たりする程度だったが

 ある時テーブルロールが

すごく売れ残ってしまった。

すると父がもやしとソーセージを炒めたモノを

テーブルロールに挟みラップに包んで

1つ100円で売ったところ、

あれよあれよと売り切れてしまい

次の日来たお客さんに

「昨日のパン、凄く美味しかった。

今日はないの?」と聞かれた。

だがを食品を作って売る許可を取っていた

店ではなく、余りに売れ残ったための

苦肉の策であった為、二度とリクエスト商品が

並ぶ事はなかった。


 小さな商店ながら、仕入れ先のパン会社に

加盟している商店の約3000店のうち

売上げが上から600番位でなかなか健闘していた

店ではあったが

丸10年を迎えた年に閉める事になった。


 やはり定休日もなく朝から晩まで

ほぼ母だけで切り盛りするのには

限界があったのと、大型スーパーや

コンビニがどんどん出店し

これ以上続けれる見込みはないと

判断したからである。


お店を閉める、と聞いた人達が

「やめないで欲しい」とお願いしたり

最後の最後までお客さんはやって来て

惜しまれてはいたが

きっぱり店をたたんだ。


私は大人になり

実家のやっていた小さな商店とはまるで違う

日本中津々浦々に会社があるような

巨大企業に就職したのだが

商品やサービスを売る会社で、

私は売る側であり

お客さんに

商品やサービスを売った利益で

給料を貰い、

そのお金で私が買い物をする。


そして時々

商店をしていた跡形もなくなった実家に戻る度

お店の事を思い出すのだ。






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